私には、ストーリーを書くような
文章力はありませんが… |
ご安心ください。
このセミナーでお伝えする「感動のシンクロストーリー」には、文章力を一切必要としません。
「社会人になって以来、文章なんて書いたことないよ」
「学生の頃、作文が大の苦手だったんだよなぁ」
「文章を書いても、『何を言いたいのかサッパリわかない』といつも言われるんだけど」
このような心配がある方でも、シンクロストーリーは完成することができます!
なぜ??
それは、セミナーで使用する7つのシートに答えるだけでいいからです。
あなたは、そのシートにある質問にただ答えて行くだけ。
答た内容の前後の脈略を考えたり、語尾を気にしたり、結論を考えたりする必要は一切ありません。
シートにある質問に、ただ答えるだけでいいんです。
「果して私に文章を書くことができるのかなぁ」と心配してしまうのは、考えたものを書こうとするからです。
シンクロストーリーは、考るものではありません。
何を書くのか考えるのではなく、あなたの過去をただ思い出すだけ。
そう!ただ思い出すだけでいいんです!!
文章力がまったくなくても、シンクロストーリーを完成できる理由がここにあるんです!
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でも、それじゃ感動するものには、
ならないでしょ? |
よくぞ、聞いていただきました!
ここが、このセミナーの肝の部分。
たとえ文章力ゼロでシンクロストーリーを完成できたとしても、感動する内容のものでないと意味がありません。ごもっともです。
実は、セミナーで使用する「7つの質問シート」には、仕掛けがあるんです。
一見すると、特別な質問は何一つありません。
「7つの質問シート」を見たあなたはきっと、何一つ特別な質問はなく「果してこれで感動のストーリーができるの?」と疑問を感じることでしょう。
「7つの質問シート」の仕掛けは質問にあるのではなく、質問する3つの基本設計にあるんです。
その3つとは…
・始めに何を語って、その次に何を語るかの感動するたけの順番
・何を最初に質問することで求める答が出やすくなるか
・深掘りする箇所と、触る程度の箇所のメリハリ
このような質問する『3つの基本設計』があるから、ただ質問に答えていけばイヤでも感動してしまう仕掛になっているんです。
何はともあれ、抹消したいと思っていた失敗・挫折の過去が、ダイヤモンドに大変身した、実際のシンクロストーリーをご紹介しましょう!
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| 感動のシンクロストーリー実例はこれだ! |
最初に紹介しますのは、保険営業マンの木之内さんです。
シンクロストーリーを、思い切って社長(母親)に見せたところ、1時間号泣。
さらには、お客さん(小学校の先生)にもシンクロストーリーを見せたところ、涙涙…
という超強力な、木之内さんのシンクロストーリーです!
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なぜ私、木之内裕介が「感謝する」ことを使命として掲げているのか、その理由を聞いてください。
高校現役時代全ての大学受験に失敗した私でしたが、世の中に役に立つ製品を生み出す技術者になりたいという夢を持ち、1年間のつらい浪人生活を経て晴れて工業系の大学に進むことができました。
絶望から歓喜へといろんな気持ちの変化があった1年間でした。大学1、2年生の時は特に成績がいいわけではなかったですが、アルバイト、学生生活と充実できるようにもなりました。
今から3年半前、私が大学4年生の時、大学を中退をしたいんだと両親に相談したときです。
父親に 「おまえにはあきれたよ・・まったく・・」と言われました。
「一生懸命やってるんだ・・・。でもなぜか行動することができないんだ・・・」
そのとき、私は心の中で自分自身に叫びました。「本当に情けないな・・・」
私は大学を中退し、まず何か仕事をしようとしました。 本当に両親(特に母親)には申し訳ないな・・・という気持ちです。そこで私は母親と同じ仕事(営業、経営者)に挑戦しました。
私は小さい頃から母親の言動が理解できず、苦しんでいました。
なんでお母さんはいつも夜遅いのだろう。
なんでお母さんはいつもやかましいのだろう。
なんでお母さんは礼儀にうるさいのだろう。
なんでお母さんは他人のことばかり気にして僕のこと気にしてくれないのだろう。
なんで・・、なんで・・・。
私は大学を卒業する間際になっても母親のことを理解しているつもりであっても、本当の意味での理解はしてなかったのです。
だから母親と同じ職業(営業)をやれば母親と同じ苦しみや喜びが分かり、母親の気持ちが分かるのではないかと思ったからです。
私は大学在学中、両親が大学に行くまで何不自由なく育ててくれ、学費、家賃、月々の小遣いにいたるまで出してくれていたのもかかわらず、当たり前の事だと思い、親に頼らず1人で生きるんだと思ってしまいました。
居酒屋のアルバイトには4年間精をだしていましたが、日々の生活では勉強を怠り、具体的な将来の事も考えず、なんとかなるだろうと考えていました。
生きる方向性を失ってしまった私は大学を中退して、建築系の仕事を半年間ほとんど休みもとらずガムシャラに働きましたが、逃げるようにやめてしまいました。
今ではなんて自分勝手で傲慢な人間だったんだろうと思います。
あとで聞いた事ですが、私が大学中退した後も母親は学費を払い続けていたそうです。今でも払い続けています。
それを聞いた後は思わず、溢れるように泣いてしまいました。それと同時に自分自身がすごく情けなくなりました。
だから私は、感謝する気持ちをもつようにしました。
父親は私のことを大変だろうと思って仕事に関して、親身になっていろいろ相談してくれましたが、私は人の役に立ちたいという思いで、営業という職業に挑戦しました。
すると母親は、話をよく聞いてくれるようになって、時には私自身をみとめてくれるようになりました。
私は小さい頃から母親の背中を見ていたので、母親のように絶対に苦労したくない、営業だけはやりたくないと思ってました。
しかし、大学在学中、将来安定している工業系の技術者になろうと思っていた私が、大学を失敗して母親と同じ営業というまったく逆の仕事をやることで、母親の苦しみや喜びも分かるようになり、自分の人生の考え方や視野が広がりました。
私は3年半前、実家に帰っても、失敗してももう一度東京に行って成功したいという気持ちを持っていたのでそれを告げた時、温和な父親が珍しく激しく怒りました。
「おまえにひもじい生活させたくねぇ」
いまでもこの言葉は私の頭の中に残っています。
この体験から、「感謝の気持ち」を私の使命として掲げることにしました。
出会うお客様ひとり一人に「感謝の気持ち」を忘れることのないよう、
この言葉を私の命の使い方とし掲げていきます。
2009年4月14日 木之内 裕介
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2人目の素晴らしいシンクロストーリーは、歯科クリニックに勤める野口さんです。
正直に言いましょう。今までシンクロストーリーは、経営者や営業マンを対象に作ってきました。経営者や営業マンであればだれもが必ず辛かったことや苦しいかったことのひとつやふたつあります。
しかし、社員やアルバイトの人が感動するシンクロストーリーになるかというは正直、自信がありませんでした。
しかし今回、シンクロストーリーのコンテンツを大幅に変えたことで、仕事や経験に関係なく失敗や挫折を体験して人であれば、だれにでも感動のシンクロストーリーが実現できるようになりました。
野口さんの夢が、知らない間に叶っていたことの気づいたエピソードに、私は鳥肌が立ちました。
では、野口さんのシンクロストーリーをじっくりお読みください!
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なぜ私、野口阿津子が”心からの笑顔”を使命として掲げているのか、その理由を聞いてください。
2003年 3月にきら歯科クリニックに入社。社会人としてスタートしました。
それから1年後、一般的な技術を覚え、出来るようになってたました。
患者さん一人ひとりの名前と顔も覚えられるようになり、「前は心配だったけど、今は安心やってもらえる」、と言ってもらえるようにもなりました。
しかし私には、小学校の頃から”美容師になりたい”という夢があったのです。
きっかけは、小学生の時。ショートカットになってからのことです。くせ毛だったせいもあり、いつも美容室に行ってカットしてもらうと、髪の毛が盛り上がった髪型になってしまっていました。
カットに行った日の夜は毎回「これじゃ、明日学校行けない〜〜〜!」と泣きわめいて、家族を困らせ、父からは「そんなに嫌なら坊主にしてやる!」と怒られていました。
嫌な髪型では、自信も持てなくなり、心から笑えず私は、引っ込み思案な性格になっていましたが、いつも思っていることがありました。
くせ毛でも、もっと私に似合った髪型にしてくれたらいいのに・・。そしたら、もっとイキイキして、私らしくいられるのにな!
このことから、私は、将来美容師になって自分に合うものを発見したい!
そして、一人ひとりに合った髪型をつくりあげられるようになって、いろんな人をもっと笑顔にしてあげたい!そう思うようになりました。
しかし、高校3年生の進路を決める時に、美容師になることを反対されてからすべてを自己否定されたように感じていました。それから私は、この気持ちを打ち消すようになりました。
高校を卒業して歯科衛生士になりましたが、ずっと美容師になりたい気持ちを諦められずにいたのです。
そこで私は、母に「歯科衛生士をやめて、夢だった美容師になりたい。」と言いました。
母は「まだなりたいと思っていたの?そんなの出来るわけないからやめときなよ」と言うのです。
「今の仕事は、歯のことだけやる仕事。やっぱり、私には向いていないから辞めたいんだよ!
私が本当にやりたかったのは、人をキレイにすることで、その人が心からの笑顔になってもらえるような仕事なんだもん!」
そうはいったものの、私が今やめてしまうと人手が足らなくなり、みんなの迷惑になってしまいます。
それに、家族の反対を押し切って、険悪な雰囲気を作りたくありません。
ホントに自分が、一人前の美容師になることができるのか?という不安もあって、一歩踏み出す勇気が出ませんでした。
このことで言い争いになってから1ヶ月後のことです。院長に連れられて、歯科医向けのセミナーに参加しました。
そこでは、姿勢とかみ合わせは、つながっていて、姿勢を正すことで、身体も心も元気で健康になるということを学びました。
見本になってしまうほど悪い姿勢だった私は、すごい後ろ重心。背中が丸く、常に肩こりもひどくて、疲れやすい。
そこで私は、初めて”いい姿勢”というものを知り、教えてもらいやってみました。前重心になり、いつもよりすごい前にいるような感じになりました。
そして、何かが一瞬で”ガラッ!”と変わりました。
すごく体が軽く楽になったのです!こんなふうに体の位置がかわっただけで、見える世界がこんなに変わるなんてっ!こんなの、初めて!!!
鏡で見た顔も、口の端がキュッと上がって、笑った顔まで違う!
なんだか気持ちまでも前向きになってきた!
”体はひとつで、つながりあっているんだ!”
私の体にビビッと電気が走り、それまでの世界観が変化したのです。
「そっかぁ〜!!! 美容師にならなくても、歯科衛生士でもキレイで笑顔にする手伝いができるんだー!!!」
ということを発見したのです。
美容師になれなくて後悔していましたが、私がやりたかった”その人の良さをを引き出だして、心から自分らしい笑顔をつくりだす”ということは、歯科衛生士にも共通していてたことだったのです。
いえ、歯科衛生士にしかできないことがたくさんあることを感じ、大きな可能性を感じました。
歯科衛生士になって初めて良かったと思えた瞬間でした。
そして、もう一つ大きなことに、気づきました。
そう、わたしの”夢”が叶ったのです。
私の夢は、美容師になることはなく、その人を心からの笑顔にすることでした。今の仕事こそ、私のやりたいことだったのです。
このことに気づき、仕事にやりがいを感じるようになり、日常も楽しいと思えるようになり、好きなことがどんどん増えてきました。
そんな姿を見た母からは「あっちゃん、最近いい顔してるね!歯科衛生士になって良かったね。やっぱり健康で元気じゃないと、何にもできないしさ。美容師を反対したのはね、体が弱いから心配していたからなんだよ。」
”どうせ出来ない”と否定されたんだと思っていたのは、私の勘違いで、私の体を心から考えてくれていたのです。
ありがとう、お母さん!
笑顔に携わることのできる、歯科衛生士になれて良かったなと思っています。
この体験からわたしが、小学校のころから夢だった”心からの笑顔をつくりだすこと” を私の使命として掲げていこうとおもいます。
患者さんひとり一人に、スタッフにも上司にも友人にも、家族にも出会う人みんなに私自身”心からの笑顔をつくりだすこと”を忘れるこのないよう、この言葉を私の命の使い方とし揚げていきます。
野口阿津子
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3人目の素晴らしいシンクロストーリーは、社会保険労務士の木川さんです。
経営者になって人を雇うことになったとき、だれもが体験する社員との人間関係。きっと多くの経営者の方は、「私もそうです!」と何度もうなづくことでしょう!
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なぜ私、木川秀子が「感謝の気持ち」を使命として掲げているのか、その理由を聞いてください。
社会保険労務士事務所を始めて10年目の1998年、私にも気心の分かり合える15歳年下の従業員ができました。気配りがあって秘書役が上手で、私は助けられました。
そんな息の合ったサポートのおかげで、お客様から信頼され繰り返し相談を頂いたり、千葉県社会保険労務士会北総支部の支部長職もさせて頂きました。
(社)千葉県雇用開発協会から高年齢者雇用アドバイザーとして認定され、定年延長、満65歳までの希望者全員の継続雇用制度の推進という、日本の少子高齢化を担うやりがいのある仕事にも就くことができました。
300人、時には1000人を超えるような大きな会社に訪問できる、貴重な経験ができました。
それから10年経ったある日、その彼女が退職する事になりました。お義父さんが亡くなり、農作業もあるのでお義母さん一人置いて勤めに出られないという事です。
「忙しいだろうけど私が書類でわからないで困っているときは助けに来てね。来た日には時給も上げて1時間でも2時間でも交通費は別に払うから来れる日は来てね」
私のお願いに彼女は、快く引き受けてくれ、わずかな時間でしたが彼女は合間をみて来てくれました。
ところが、お盆が過ぎ稲刈りが終わっても、待っても待っても来なくなってしまいました。
「おかしいなあ彼女、来ないなあ・・・」と思っていたある日、教えてもらいたい事があって携帯にかけると、番号が変わって繋がりませんでした。
ほとほと困り家にかけてみると旦那さんがいて、伝えてくれてやっと彼女が事務所に来て会うことが出来ました。
喜んだのもつかの間、「先生には教えちゃいますけど、実はヘルパーの資格を取りに学校に通っているんです!」と、ニコニコして言うのです。
「学校へ通ってるうー?!」私は寝耳に水でした。だって私は、いつ来てくれるか 来てくれるかと待っていたのですから。
「少しでもいいから手伝って」と懇願して、振込みまでしていた私はなんだったんだ。
打ち明けられた後は、もう冷静ではいられませんでした。
「お義母さん一人にできないと言っておきながら、一人にしているじゃないか!」
「私の所へ来るのはダメで、学校ならいいのか!」私は心の中で叫びました。
なんと思われようと、最後に一言だけは言わせてもらおうと「よく、おばあさん一人にするのを旦那が承知したわねえ」と言ってしまいました。
彼女は「ええ、おかげさまで家族が理解してくれて…」と言い、円満そうなこの一言で私は怒りが絶頂に達してしまいました。
「あの頃は家族の理解なんかなかったよね、私のこと気の毒と思わないの!」私は言いました。すると彼女は困って「だから言おうか迷ったんですけど、やっぱり先生には本当の事を言いたくて…。
本当にお世話になったのに、申し訳ないと思っています」と言いました。
「そんな言い訳なんか聞きたくない、申し訳ないと思うなら黙っていて欲しい」と思ってしまいました。
その晩は情けなくて、悔しくて、裏切られたようで眠れませんでした。
仕事中、車を運転しながら次の日もその次の日も、なぜなぜと、手伝いに来て貰えなかった理由を考えました。
だんだん冷静になると「優しい彼女だもの、何かきっと私の方から傷つくことを言ったのかもしれない」少し反省しようとしている自分になれました。
そして、ふっとある事に思い当たりました。
彼女がたまたま手伝いに来てくれた日のことです。彼女はいつものように愛想よく電話口に出てくれました。
ところがその電話は「○○さんが労災事故になると言った」というお客さまからのクレーム。
私は「普段いない人が電話に出るからややこしくなっちゃうんで、電話に出なくていいから」と彼女に言い放しました。
そのとき、彼女が「先生は私の電話の出方がいやなんですよね・・・」と言ったことに対して「ええ、そうよ」とそっけなく言ってしまいました。
彼女は「わかりました・・・」と悔しそうに頬を紅潮させた表情をしています。しかし彼女は平静を装い妙に明るく振舞っていました。
このできごとを思い出したのです。
「彼女にひどいことをしてしまった」とは気づいたのですが、一方の自分は「悪くない」と言いたがっている頑固な自分に気付きました。
「だって私はこんなに色々面倒を見てきて良くしてあげたんです。どこの会社がこんなに育児に介護に休む人を面倒見てくれますか?私はこんなに大変だったんです。」と私のことを褒めて認めて欲しいと思っている自分がいることに気付きびっくりしました。
そこで思いました。もう、責めるのはよそう、彼女も10年間よく会社の為にやってくれた。
「もう『私があなたのことを面倒を見てあげてきたんだよ』というようなことを思うのは、この日限りでやめよう」私はこう思いました。
「ありがとう、悪いわね。退職したのに会社に出てきてくれて。いつも明るく電話に出てくれたのよね。感謝していますよ」
彼女にまず「ありがとう」と感謝の気持ちを言ってあげれば良かったのだと気付きました。
彼女とのことがお客さまとの関わり方についても考えさせられました。
お客さまに「社員の方に対しても感謝の気持ちは大切ですよ」社員との関わり方をアドバイスしている私が、自分の会社の従業員にはまったく反対のことをしていたのです。
これではお客さまに本当に喜んでいただける仕事はできません。
彼女との体験から「感謝の気持ち」 を私の使命として掲げることにしました。
お客様にも、従業員にも、取引先の方々にも、出会う人ひとり一人に「感謝の気持ち」 忘れるこのないよう、この言葉を私の命の使い方とし掲げていきます。
木川秀子 |
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シンクロストーリーを完成すると、
・目がキラキラと輝き出す人
・ホッとする人
・笑顔があふれ出す人
・感慨にふける人
・早く親しい人に読んでもらいたいと思う人
など、様々ですが、みなさん共通しているのは、「みとめ」られた感がじわぁ〜と得られた表情になります。
この「みとめ」られた感が、どんどん行動する自分に変えて行くんです!
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シンクロストーリーを作ったあと、
こんなことが起きました! |
すでにシンクロストーリーを名刺やブログで使用して人がいます。
瞬間ブランドツールクリエイターの福田さんです! |
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さらには、名刺やブログのコンセプトメイキングに、シンクロストーリーをベースにしているというのは唸りました。シンクロストーリーを200%活用してますよね!
シンクロストーリー使ってから、どうなったのか?福田さんの声を紹介しましょう!
「シンクロストーリーをお客さんに話したら『福田さんの人柄が良くわかったんで値段はいいからお願いします』 と言われたときには驚きました。『実は僕も同じようなことがあって〜』と共感いただいて初めてあったのに深い話しができたのはシンクロストーリーのおかげです」
いかがでしょう。世間は大不況と言われているこのご時世に、「値段はいいから」とお客さんが言ってしまうという事実。
そんなパワーが、シンクロストーリーにあるんです。
もうひとり、オンリーワンプロデューサーの中野瑛彦さんをご紹介しましょう!
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以下は、中野さんのシンクロストーリーセミナー体験の声です。
「パートナーのシンクロ・ストーリーを読むと、彼がなぜ今の仕事をしているのか、そのウラには、どういう失敗・挫折・決意・挑戦があったのか、今の仕事に対する信念、お客様への気持ちが、心の奥までしみこむように伝わってくるんです。
彼の気持ちと私の気持ちが本当にシンクロしてしまうんですね。だから、同じものを買うのであれば、彼から買います!っていう気持ちになってしまう」
そう!まさらにシンクロストーリーに一旦触れてしまうと「この商品いいね」ではなく、「あなたから買いたい!」となってしまうからモノが売れる3倍、5倍、10倍、嬉しくなるんです!
他にも・・・
「今まで名刺代わりにしかなっていなかったホームページが、問い合わせが入るようになりました!」
「注文が入るようになっただけでなく、人生相談までされるようになったのは驚きです」
「今まで保険勉強会を開催しても契約にはつばがらなかったのが、『ぜひ、お願いします』と言われるようになったんです」
などなど、抹消したいと思っていた失敗・挫折の過去を、シンクロストーリーにして表現するとでj本当にダイヤモンドに大変身するんです!
もし、あなたが失敗・挫折の過去を持っているのでしたら、ぜひ、感動のシンクロストーリー作セミナーにご参加ください!!!
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ただし、全員がシンクロストーリーを
できるわけではありません |
ここまでシンクロストーリーは「文章力がなくてもできる」「経営者でなくてもてきる」「だれにでもできる」とお伝えしてきました。
ひとつだけ、重要なことが抜けていました。
「だれにでもできる」と言ったのは訂正させてください。
シンクロストーリー作成セミナーに参加しても、完成率100%を保障できない人がいます。
それは、失敗や挫折の体験を持っていない人です。
今回のシンクロストーリー作成セミナーは、失敗や挫折の体験を持っている方に限らせていただきます。
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気になるセミナーの
参加費は?
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通常、私が個別でシンクロストーリー作成のヒアリングを行う場合は、262,500円となります。
シンクロストーリーに、この価格以上の価値を感じる人にだけご利用いただければと思います。
しかし、今回の シンクロストーリー作成セミナーでは、場の力を利用することで私と一対一でヒヤリングを行う効果と同等の効果を得ることができます。
その分、参加しやすいよう参加費は、駆け引きなしの31500円で参加することができます。
失敗・挫折した過去をダイヤモンドに変えたい!
10倍、魅力的に思われる人になりたい!
人を引き寄せる存在になりたい!
自分がどう生きて行きたいのか「あり方」を明確にしたい!
ブレない自分になれる方法を知りたい!
もし、あなたがこのように思っているのでしたら、
ぜひ、今回のシンクロストーリー作成セミナーにご参加ください。
私には、このセミナーに参加した顔が想像できるんです。
シンクロストーリーが完成し、抹消しようとしてた失敗や挫折の体験への見方が180度変り、「これこそ私のダイヤモンドだったんだ!」と目を輝かせていっているあなたの姿が!
あなたにお会いできることを、楽しみにしてます(^0^)/
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モエル塾 塾長

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